書くことによって、
自分の本質と出会う。
—「キャンパスノート」という響きが、率直に北川さんに合うなあと個人的にすごく思いました。
歌詞などの文章を書くとき、僕はパソコンではなく直筆で紙に書くことに、とても重きを置いているんです。パソコンと違って直筆となると、単純に書くのに時間はかかるし、字もきれいじゃないし、何より書き手の想いが字に生々しく出ちゃいますよね。でもその決して整っていない言葉や文章のなかにこそ、自分の本質が隠れていたりすると思っていて。そしてその本質に出会ってこそ、初めて自分の表現が生まれる気がするんです。
—書くという行為そのものがパソコンの普及によって確実に少なくなっていますよね。
僕も一時期はパソコンを使って書いていたこともありました。当然パソコンだから一語一句きれいな書体で整っていますよね。それは読みやすいことなんですけど、僕はその整った見た目にどこか酔ってしまうようなところがあって。そうなってしまったら、自分の本質も見えてこない。それに気づいてからは、真っ白いノートに、自分の言葉を書いては消し、書いては消しという作業をやりながら……、自分と会話をしていきました。
—キャンパスノートに書く上でルールはあるんですか?
キャンパスノートは2冊あって、一冊は歌詞をはじめ、作品に関わることをなんでも書きます。もう一冊は、 “心のノート”と呼んでいて、僕はそこに人には言えないようなことを、書き続けています。ただ黙々と(笑)。人には絶対に見せられないので、心のノートは、墓場まで持っていきますよ(笑)。僕にとってノートに想いを書くことは、自分と向き合うための大切な時間なんです。
—そのキャンパスノートには、2月16日にリリースしたニューアルバム『2-NI-』の歌詞もしっかり刻まれているんですね。
そうですね。今回の作品で特に追求したことが、ポップスでありながらオリジナリティーを持つということ。それが裏テーマにありました。だから自分のなかから湧き出てくる非常に個人的な思い入れや感情みたいなものをオリジナリティーと呼ぶとしたら、そのオリジナリティーを、どうやってポップスなものに昇華させていくのか。その作業というのは非常にシビアにやってきました。
—ポップスであること、大衆性を持つこと。それは尖った表現をするよりも、すごく難しくて、そしてオリジナリティーを持ったポップスというものは、とても尊くて強い表現だと思います。
僕らは路上ライブ出身ということもあるし、聴いてくれる方ひとりひとりの心に響いてその人たちが何かを感じてくれたりすることで、初めて自分たちの曲が完成形になると思っているんですよ。もちろんそのポップスなものに昇華する前の、オリジナリティーの固まりを投げかけることはできたし、そういう風に投げかけたことはあるんですけど、でもやっぱり僕らのなかでは、ポップスであることのある種の使命感を持っているんですよね。特に前作ぐらいから、自分たちのオリジナリティーをどうポップスに昇華させていくかは、とても大切な課題になっています。
—昇華させていく過程というのは、どんな感覚ですか?
非常に彫刻的であるような気がします。例えば昔の人は木を見て仏像を彫っていたように、僕らもある種伝えたいことは実は明確にあって、それを研磨していくというのかな、徹底的に削ってシェイプさせていく感覚ですね。例えば歌詞に「もう戻れない時」というフレーズがあったとして、僕はそれを最終的に「もう戻らない時」にする。ほんのわずかな違いを研磨していく。なぜなら、一言一言のディテールが全体の印象を支配してしまうことが多いからです。
—とてもストイックにクリエーションするなかで、ゆずは、“ゆず”という確固たる世界観を日本のメジャーシーンのなかで築き上げていますが、その一方で、例えば村上隆(現代美術家)さんとのコラボレーションなど、予想もつかない視点で、様々なことを私たちに見せてくれています。
ゆずはノーボーダーであり、ミクスチャーでありたいと思っているんですよ。今では比較的定着しましたけど、その村上隆さんと作品制作をご一緒したときも、「なんでゆずが村上さんと!?」っていう反応、正直シーンのなかでもあったと思っていて。でも僕らはライブを作り上げるときもそうなんですけど、おおよそ自分たちがやらないようなことをあえてやってみて、そこで起こる化学反応みたいなものをすごく大事にしているんです。
—そういったなかで、今回名和さんとのコラボレーション(『2-NI-』のアートワークを名和さんが手がける)は、どんなきっかけで始まったんですか?
僕が純粋に名和さんの作品がすごく好きで、直接お話ししてやらせていただけることになったんです。作品を知ったきっかけは、知り合いが持っていた名和さんの作品(ガラスビーズを使用したPixCellシリーズBEADSから「PixCell-Double Deer」)の写真を見せてもらったことです。実は僕、剥製そのものは苦手なんですけど、剥製の鹿を大小のガラスビーズで覆っている作品を見たときに、「うわっ、これって何なんだろう!? イカれているなー」ってすごく衝撃を受けて。あの、「イカれている」というのは、僕のなかで最大の賛美であり、会いたいという想いに直結しているんですけど(笑)。それでちょうど個展などで直接作品を見られる場がなかった時期だったので、名和さんの拠点、京都の「SANDWICH」に行っちゃいました。
—その行動力すごいですね。
京都まで行くっていうのはよっぽどのパターンですよね(笑)。僕らっていつも「こういうものが世の中にあったらいいのに。でも、ないから自分たちで作ろうよ」っていう想いがあってこそ、音楽を作っているようなところがあるんです。それが今回名和さんとだったらできるかもしれないっていう可能性を強く感じたから、行きました。もちろん名和さんは本来、“ゆず”と近くはない存在だというのもわかっています。でもだからこそ、そこで起きる化学反応にかけたいというか。もちろんその上で気をつけなくてはいけないことっていうのもあるんですが。
—それは名和さんに限らず、アーティストの方とともに作品を作る上でということですか?
そうですね。ふたつあるんですけど、ひとつは、何が起きても絶対にブレない自分たち(ゆず)の地盤、スタイルをしっかりと持っていること。もうひとつはイメージの共有だと思っています。それは作品につながることだけではなくて、日常のなかでの互いの興味や考えも含めて。だから時間があればいろんな会話をしたいと思っていて。普段の何気ない会話のなかから、互いを知ることってすごくあるんです。特に名和さんの場合は「SANDWICH」という場所があったので、そこに僕らが訪ねていって、そこでいろいろと好きなモノや気になることなんかを話したりとか。そうやってお互いを理解しあっていきながら、一緒に作品を作り上げていくことは、本当に刺激的でした。